明智光秀の生い立ちと経歴は? 麒麟がくる 明智光秀と○○ 相関図


2020年の大河ドラマ「麒麟がくる」で明智光秀が主人公の物語が始まる。

明智光秀と言えば、本能寺の変で主君織田信長を暗殺したという事件が特にフューチャーされてきたが、他にはどんなドラマがあったのだろうか?そこで明智光秀の生い立ちと経歴を調べてみました。
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明智光秀の生い立ちと経歴は?
有名な話だが、明智光秀の出生は明確には分かっていないので、出生については省くことにした。
史実として確実に分かっていることは、
秀は美濃国の守護・土岐氏の一族で、土岐氏に代わって美濃の国主となった斎藤道三に仕えるも、弘治2年(1556年)、道三・義龍の親子の争い(長良川の戦い)で道三方であったために義龍に明智城を攻められ、一族が離散したとされる。その後、光秀は越前国の朝倉義景を頼り10年間仕えたとも言われる。越前国に在住していた傍証は、越前地付きの武士の服部七兵衛尉宛の、天正元年8月22日(1573年9月18日)付け光秀書状がある。


wikipediaによると、はじめの主君が斎藤道三で、その後、→朝倉義景→足利義昭→織田信長となっています。





斎藤道三

朝倉義景

足利義昭

織田信長

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