徳川家茂の父母・妻・子供・墓の評価-徳川15代家系図

14代将軍徳川家茂(とくがわ いえもち)の評価-徳川15代家系図

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14代将軍徳川家茂(とくがわ いえもち)

徳川 家茂(とくがわ いえもち)は、江戸幕府第14代征夷大将軍。初めは第12代将軍・徳川家慶の偏諱を賜って慶福(よしとみ)と名乗っていた。

実父・徳川斉順は家慶の異母弟で、家茂は第13代将軍・家定の従弟にあたる。将軍就任の前は徳川御三家紀州藩第13代藩主。

徳川斉順(清水徳川家および紀州徳川家の当主)の嫡男[注釈 1]だが、父は家茂が生まれる前に薨去している。祖父は第11代将軍徳川家斉、祖母は妙操院。御台所は孝明天皇の皇妹・親子内親王(静寛院宮)。第13代将軍・徳川家定の後継者問題が持ち上がった際、家定の従弟にあたる慶福は徳川氏の中で将軍家に最も近い血筋であることを根拠に[注釈 2]、大老で譜代筆頭の彦根藩主井伊直弼ら南紀派の支持を受けて13歳で第14代将軍となった。

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徳川家茂 父母


父:徳川斉順(とくがわ なりゆき)
  徳川 斉順は、江戸幕府11代将軍・徳川家斉の七男。
  清水徳川家第3代当主を経て、第11代紀州藩主に転出した。
母:実成院
  実成院は、御三家紀州藩藩主徳川斉順の側室で江戸幕府14代将軍徳川家茂の生母。
  名前は美佐、操子。


徳川家茂 妻・子供


正室:和宮親子内親王


養子:茂承 (紀伊藩継嗣)、慶喜 (将軍家継嗣)
猶子:尊秀入道親王


徳川家茂 墓

三縁山広度院増上寺

 増上寺.jpg









13代将軍徳川家定(とくがわ いえさだ)

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初代将軍徳川家康(とくがわ いえやす)

2代将軍徳川秀忠(とくがわ ひでただ)

3代将軍徳川家光(とくがわ いえみつ)

4代将軍徳川家綱(とくがわ いえつな)

5代将軍徳川綱吉(とくがわ つなよし)

6代将軍徳川家宣(とくがわ いえのぶ)

7代将軍徳川家継(とくがわ いえつぐ)

8代将軍徳川吉宗(とくがわ よしむね)

9代将軍徳川家重(とくがわ いえしげ)

10代将軍徳川家治(とくがわ いえはる)

11代将軍徳川家斉(とくがわ いえなり)

12代将軍徳川家慶(とくがわ いえよし)

13代将軍徳川家定(とくがわ いえさだ)

14代将軍徳川家茂(とくがわ いえもち)

15代将軍徳川慶喜(とくがわ よしのぶ)

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