2018年NHK大河ドラマ「西郷どん」 明治6年の政変!

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1873(明治6)年 西郷どんは明治政府と袂を分かった。

内閣官僚にあたる参議が分裂し、西郷どんらの5人の参議が辞職した。

これが、俗言いう「征韓論論争」、「明治6年の政変」という。

西郷どんは、この論争で負け、下野することとなった。


明治6年の政変

6月17日
板垣退助らの賛同も得て、朝鮮への平和交渉使節案を閣議で決定され、
西郷どんが全権大使に任命される。

9月13日
岩倉使節団が帰国。
しかし、朝鮮問題についての閣議は、長らく開催されなかった。

10月14日
ようやく西郷どんの督促で、朝鮮問題についての閣議が開かれる。

10月15日
議論の末、朝鮮使節派遣が採決、決定されるが、
反対を唱えていた大久保利通は、辞意を表明して、その場を退席した。

10月17日
西郷どんは三条に対して、朝鮮使節派遣を速やかに天皇へ上奏し、
裁可を受けるよう督促する。

10月23日
西郷どんが辞表を提出する。
岩倉は、朝鮮使節派遣の延期を上奏していた。

10月24日
天皇の勅命が下り、岩倉の朝鮮使節派遣の延期案が通り、
板垣、江藤、後藤、副島の4参議が辞表を提出。

10月28日
西郷どんが品川より船で鹿児島に向かう。


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