西郷どん(せごどん)西郷隆盛の銅像を見に行こう!なぜ、上野公園にあるの?関連は?

西郷隆盛の銅像は全国にたくさんありますが、
有名な3か所についてお話していきます。

東京・上野の西郷銅像
東京都台東区上野公園5−20

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出典:https://ja.wikipedia.org/

上野公園に建っている西郷像は高村光雲の作
傍らの犬「ツン」は後藤貞行作
鋳造は岡崎雪聲

除幕式は、西郷の死後21年を経た、1898年(明治31年)12月18日に行われた
身長:370.1cm
胸囲:256.7cm
足:55.1cm

「上野の西郷さん」と呼ばれて100年以上も国民に親しまれている
正妻の糸子は、銅像の顔が本人に似ていないと言っている

鹿児島市の西郷銅像
鹿児島県鹿児島市城山町4-36

220px-Saigo-Takamori_statue_Kagoshima.jpg
出典:https://ja.wikipedia.org/

鹿児島市の鹿児島市立美術館近くに立つ
郷土の彫刻家・安藤照が1937年(昭和12年)に作成
銅像は軍装(陸軍大将)

西郷の名誉回復という観点からすれば、未亡人が本来期待した姿に近いと考えられる。
2008年(平成20年)12月30日の南日本新聞記事によると、
西郷のモデルは、元・山形県議の男性であることが判明

霧島市溝辺町・西郷公園の銅像
鹿児島県霧島市の大字溝辺町麓

220px-Saigou-kouen.JPG
出典:https://ja.wikipedia.org/

1976年(昭和51年)に完成
彫刻家・古賀忠雄に発注して作られた

発注者の死去により計画が宙に浮いたため、
富山県高岡市の倉庫に10年以上も保管されたままの状態となった

1988年(昭和63年)、像を現在の場所に誘致すると共に一帯を公園として整備した。


西郷隆盛の銅像が上野公園にある理由は?

上野は彰義隊(徳川幕府を警護する部隊)が明治政府と戦った
「上野戦争」が行われた場所であることです。
※上野戦争は、慶応4年5月15日(1868年7月4日)に行われた戊辰戦争の戦闘の1つ。
江戸上野において彰義隊ら旧幕府軍と薩摩藩、長州藩を中心とする新政府軍の間で行われた戦い。
その戦争の際、西郷は朝廷側の指揮官であり、朝廷軍を勝利に導いた彼の功績を称えるため。

また、明治維新の最大の功労者である西郷を逆賊として死なせてしまったことを償うために、
皇室の御用地である上野に建てて西郷を顕彰し、公的に彼を弔うという意味も込めて、
上野公園にも建てられたということです。





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